モンゴル自由連盟党

 

中国政権の前途不穏


2012年03月13日掲載

 

 

   今年三月十日は一五九五年の同日、チベットの首府・ラサでチベット人住民が駐留中国軍に対し蜂起した独立要求騒乱から五十三周年の記念日に当る。一九四九年十月の中華人民共和国建国時にはまだ独立国家であったチベットに、一九五〇年十月、武力侵攻した中国人民解放〞軍はそのまま占領軍として居座り、生活難と伝統文化の破壊に怒るチベット人の忍耐は限界を越え、重武装の軍隊によってチベット人約九万人が犠牲になった。ダライ・ラマ十四世は、側近と共にインドに脱出し、法王を追って数万人の難民がインド、ネパール、ブータン、シッキムなどに逃れた

今年も世界各地でチベット難民を中心に反中抗議行動が行われるが、昨年中からチベット人僧俗の焼身自殺と、これに端を発したチベット人住民と公安当局の対立に、共産党常務委員会は「臨戦状態で反分裂闘争に取り組まなければならない」と自治区幹部に指示し、外国人のチベット人居住地への立ち入りを禁止し、多数の死者を出して世界を震撼させた二〇〇八年三月の騒乱を想起させる厳重警戒である。  事実、三月六日朝のNHKテレビは一日に四人の焼身自殺が行なわれ、そのうちの一件は甘粛省の二十歳の女子学生によるもので、その際「市場に居合わせた漢人は燃える女子学生に投石をした」と報じた。しかし不思議なことに、このニュースは翌朝(三月七日)の、少なくも「讀賣」「産経」「朝日」の朝刊には見当たらなかった。これはインド北部・ダラムサラに所在するチベット亡命政府の発表を受けたものであるが、事実確認が困難とのことで、各紙は報道を見送ったと思われる。しかし、同朝のNHK国際ニュースはドイツテレビの同様内容の報道を紹介し、この焼身自殺により「チベット情勢は新たな段階に入った」とのコメントもあり、今後の事態発展が注目される。

隣接する新疆ウイグル自治区も無事に済まない可能性が高い。アメリカ訪問を終えた習近平・国家副主席が帰途トルコに立ち寄ったことは、中国指導部の危機感の表れに他ならない。 トルコ系民族の母国をもって自任し、中国からウイグル族他の難民を受け入れ保護してきたトルコに対し中国は警戒心を抱き、逆にトルコからの分離独立を掲げるクルド族を支援してきた。中国政府とクルド労働者党(PKK)との間には武器供与の秘密協定があると噂され、 習・副主席はウイグル族に同情的なエルドアン首相に対し、もしトルコ政府が中国領内のトルコ系民族を支援するなら、北京はトルコ領内のクルド民族を積極支援すると脅した可能性が高い。現在進行中のアフガニスタンからのNATO軍の撤退は、結局はパキスタンを含む、いわば中国の下腹部とも呼ぶべき地域へのタリバン勢力の復帰を意味し、かつてタリバン政権によって軍事訓練と武器供与を受けていた国外ウイグル武装勢力の再結集に繫がるかもしれない。国内の経済不振と漢族による民主化要求に加え、中国の前途は予断を許さない。

 

(平成二十四年三月八日) 政治学者 殿岡昭郎

 

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